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I once had an American boyfriend 6

横浜トリエンナーレで、ボードレールの映像が映し出すベイルートの風景を眺めながら、広島の夜のことを、そして、さらに遡ってアメリカの男友達のことを思い出していた。

夜の蕎麦屋。ふたりで瓶ビールをおかわりして、話題は『二十四時間の情事』やヌーヴェル・ヴァーグから、音楽へと移る。好きな音楽を言い合ったけれど何ひとつ一致するものはなかった。そんな中、ベイルートだけはふたりとも「良いかもしれない」と合意した。ビールにすっかり酔いながら、次のライブに行こうと約束する。家に帰って忘れないうちにライブ情報を調べチケットを二枚購入。夏のブルックリン、古くて巨大なレンガ造りの、すでにプールとしての機能は無くなったプールで行われた一度限りのライブ。その日は朝からずっと雨が降っていて、広すぎるプールの底には水たまりが広がっていた。来場者は特に気にする様子もなく、ビールを飲んだり水たまりに飛び込んだりして前座のバンドを聴いている。どこから持ち込まれたのかビニールのスライダーが設置され、若者たちは空のプールで楽しそうに水遊びを始める。水が跳ねてちょっと冷たかったけれどプールらしいな…と不思議な気持ちでそれを眺めながら、男友達を待ち続けた。いつの間にかに僕もすっかり水浸しになっていて、少し寒い。それでもライブが始まるころには空は晴れあがり、彼が遅れて現れる。枯れたプールでびしょぬれになった僕に少し不思議そうな顔をしている彼の向こうで、ザック・コンドンのウクレレが鳴り「Postcards from Italy」が始まった。

それからベイルートに夢中になったけど、彼はそこまでのめり込むことはなかったようだ。僕は東京に引っ越してきて、ベイルートも次第に聴かなくなり、あの夏のことも少しずつ忘れてゆく。それでも、その街の名前を聞くたびに、あのバンドのあの曲を、かつてのアメリカの男友達を思い出す。いずれ、そのような記憶の断片も忘れ去り、ひと括りになった「アメリカ」という記憶がぼんやりと残るだけなのかもしれない。

あの頃は
常に黄金の石ころを用意していた
彼らに投げつけるんだ
敗北を認めるのが遅すぎる彼らに
それが僕たちの青春 僕たちの青春
ベイルート(ザック・コンドン作詞)「Postcards from Italy」(『Gulag Orkester』, 2006年)




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