I once had an American boyfriend 5

2014年10月の終わり、トリエンナーレ会期が終わりに迫った日曜日の午後、横浜美術館を訪ねた。混んだ館内、『第3話:華氏451はいかに芸術にあらわれたか』と題された部屋へ。言論統制、検閲、イコノクラスム…そのような言葉を連想させる作品群の最後、場違いな程に長尺のエリック・ボードレールの映像作品『The Ugly One』が配置されていた。寂れたベイルートの町を背景に奇妙な「出会い直し」を繰り返す、かつて革命運動家であったらしい一組の恋人を描いた映像作品。死んだはずの二人は、ベイルートの町でなんども出会い直し、出会いの度に関係は破綻する。足立正生の脚本をもとにボードレールによって作り上げられたその映像は、20世紀後半、世界各地の活動家たちによる運動の歴史とその敗北を、反復して語りながら終焉へと向かう。100分にも及ぶその物語は、希望のようなものを僅かに残して終わった。しかし、革命に失敗し「出会い直し」を繰り返す男女によって語られるその希望はうつろでもあった。

作品の途中、「車爆弾が…」「車爆弾などなかった」とフランス語で交わされる男女の会話。それは、『二十四時間の情事』を僕に連想させた。その後に写し出された、細い柱が等間隔で並ぶ建築物とその側に建つアーチは、平和記念公園の風景のようにも見えてくる。建物内、廃墟のようにむき出しになった無数の鉄筋のショット。そして突如流れる日本の歌謡曲…そういえば『二十四時間の情事』でも美空ひばりの『それはナイショ』が変なタイミングで流れていた。歌が始まると同時に映像は切り替わり、夜のベイルートの風景を写し出す。歌う日本人歌手の映像が、老朽化して(もしくは紛争の歴史を経て)すっかり朽ちた建物の外壁に投影されている。それは、クシシュトフ・ヴォディチコが広島で行ったプロジェクション作品を、とても奇妙なかたちで変奏しているようにも見えた。

ふと思いつく。『二十四時間の情事』におけるヒロシマ=男と、ヌヴェール=女、そしてドイツ人将校=女のかつての恋人という三角関係に、イヴ・セジウィックが『男同士の絆』で下敷きにしていた、ルネ・ジラールの「欲望の三角形」論(一人の女性を巡り男性二人が競うとき、女性を媒介して男性二人の結びつきが強まってゆく)を当てはめることは可能だろうか?ヒロシマの(1945年8月6日に広島にいなかった)男は、ヌヴェールの女を通してドイツ人男性将校を欲望していた…?そんなことないか…と考えながら、歌詞に耳を澄ませた。

ほてったホホにはもってこいの 凍てついたアスファルトのベッドがある
破れた旗をつくろう 銀の針はいらない
オレは暗闇で爪を研ぐのさ
ここはオレたちの戦場 ここは静かな最前線
横山リエ(足立正生作詞)『ウミツバメ』(若松孝二『天使の恍惚』より)

僕はまた、広島にいた8月の夜のことを思い出す。

8月6日、広島。サルセドの展示を観たあと、とうろう流しを観るために再び元安川に行った。夕暮れ、まだ日は完全に落ちてはいない。色とりどりの灯籠が、台風後の濁った川面を流れていた。暫く川沿いを散歩しているうちに空は暗くなり、とうろうはオレンジ色に光りはじめた。川沿いを、原爆ドームのほうへと歩く。元安橋のたもとに露店が出ていて、僕はそこでビールを買って川沿いの芝生に腰を下ろし、輝く川面ををしばらく眺めてみることにした。昼間の喧噪はなくなり、公園内は穏やかな空気に満ちていた。人々の顔には悲しみや怒りの色はなく、心地よい夜風と奇麗なとうろうの灯りを純粋に楽しんでいるように見えた。その控えめな祝祭感は、僕が沖縄で経験したことのなかった戦争への向き合い方であり、とても新鮮だった。こういう戦争の記憶との向き合い方もあるのだ、と。ビールを飲み干してからもずっと僕はそこに座り、流れ行くとうろうと、行き交う人々のとりとめのない会話の断片を聞いていた。




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(C) 2012-2015 Futoshi Miyagi