2010年夏の終わり頃、沖縄に帰った二日目の夜、どしゃぶりの雨のなか町に出てみた。台風が近づいていた。平和通りというすっかり寂れてしまったアーケード街を脇にそれて、蚊と猫と浮浪者であふれた希望が丘公園を抜けて、桜の木が一本もない桜坂を歩く。島では全てになんだか場違いな名前がついている。桜坂のおわりあたりにはアメリカ人がいた。傘はさしていなくて、僕を見つけると「AWOLなんだ」と言った。逃亡兵のようなもの?彼の、アーミーがみんな着ている様な白いTシャツの胸にはエメラルドグリーンのハナムグリが止まっていて、ブローチかと思ったけど生きていた。可笑しい。僕は子供の頃ハナムグリの足に糸を結んで生きた風船にして遊んだ事を思い出した。逃げようとしても、糸で結ばれていて逃げられない子供のおもちゃ。家に帰って、食器棚から親がよくわからない理由で買った派手な琉球グラスのうち一つを適当に選んで、ハナムグリを閉じ込める。そんなこともちろんすぐ忘れて夕方、親がいらだった声で無くなったグラスを探す。つかっていないくせに。その虫が、日本語でハナムグリということを実は僕はつい最近知った。ハナムグリが英語でなんと言うかわからない。A Green Bugがいる、彼の胸を指差して確かそんな風に言った。

あの夜台風で停電になって、真っ暗闇の中で長い露光時間をかけて逃亡兵の写真を撮った。人間の男とセックスして、神さまの怒りを買って、空から落とされた天使の、死んだ痕が、ときどき雪の上に、残るらしい。死体はすぐに、神さまがピックして、しまうから痕しか残らない。それがスノーエンジェル。シャッターが切れる合間合間に彼が口にした天使の話。後で調べたら真っ赤な嘘だった。次の日、近くの海の砂の上でスノーエンジェルをつくってみたけど砂が固くてうまく出来なくて満潮になったら消えた。

ちいさな島の白い砂浜に来ると僕はいつもケルアックの「On The Road」を思い出す。旅の終わり、ニュージャージーの地平線に沈む日を見ながら、地平線の向こうに伸びるいくつもの道や、それらが結ぶ町の暗い空の下でささやかな夢をみる人々を、そしてディーン・モリアーティを思い、泣く主人公。泣いていたんだっけ?ずいぶん前に読んだ本なのでもう忘れた。そんな風にぼんやりといつか憧れていたアメリカと、そこからやって来て朝に消えた逃亡兵を思い出して、僕は東京に帰ることにした。




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(C) 2012-2015 Futoshi Miyagi